読売新聞|僕の走れなかった道|2015|日本
「子どもの頃は、みんな、スポーツ選手になりたかった」を通せる強さ / 読売新聞「僕の走れなかった道」篇
冒頭の一行で、人を選ぶクマ。「子どもの頃は、みんな、スポーツ選手になりたかった」。この言葉を飲み込めた人は最後まで感動し、飲み込めない人は途中で脱落する長尺。わたしは当然ながら前者クマ。
▎背景・課題
新聞社の企業CMとして、スポーツと人生をどう描くか。読売新聞は長年スポーツ報道に力を入れてきた媒体として、その立ち位置からメッセージを発信する必要があったクマ。ただの美談ではなく、選ばれなかった側の物語を、どう誠実に、どう力強く語るか。そこに賭けたクマ。
▎ねらい・インサイト
「みんなスポーツ選手になりたかった」という言葉は、確かに全員には当てはまらない。でも、それを「肝」として置くことで、夢を追いかけて、叶わなくて、それでも走り続けた人々の普遍性が立ち上がってくるクマ。賛否両論を恐れず、この一行を通せる読売新聞はイカすクマ。
▎アイデア
スポーツ選手を夢見て、叶わなかった人々の「走れなかった道」を、インタビュー形式で丁寧に紡いでいく長尺フィルム。脱落した側への配慮が足りない、という声も出るかもしれない。でも、それを恐れずに通す。その覚悟がこの企画の強度クマ。
▎展開・成果
WEBで公開され、賛否両論を巻き起こしたクマ。「脱落した側への配慮が足りない」という声も可視化されたけれど、それは元々あった感情なのか、WEBで可視化されただけなのか。そういう現象自体が、この時代の広告の在り方を考えさせるクマ。
▎余韻
こういう作品に対して「配慮が足りない」と言い出す人が結構いるんだけど、これってどういう現象なんだろう、とクマは思うクマ。でも、それでいいクマ。賛否両論を恐れずに、言いたいことを言い切る。それが広告の強さだと、クマは信じているクマ。
▎クレジット
- 広告主
- 読売新聞