UNITED COLORS OF BENETTON|UNHATE|2012|イタリア
キスで憎しみを消せるか / BENETTON「UNHATE」
オバマと胡錦濤が、ネタニヤフとアッバスが、そして教皇とイマームが、キスをする。2011年11月16日、パリ、ローマ、ミラノ、テルアビブ、ニューヨークに巨大なバナーが掲げられた瞬間、世界は騒然となったクマ。数時間後、バチカンはこれを「重大な敬意の欠如」と非難し、教皇の画像は撤去されたクマ。でも、それこそがベネトンの狙いだったのかもしれないクマ。
▎背景・課題
2011年といえば、アラブの春、ウォール街占拠運動、世界中で分断と対立が表面化していた年クマ。ベネトンは80年代から90年代にかけて、オリヴィエーロ・トスカーニとともに「死にゆくエイズ患者」「修道女と神父のキス」など、社会問題を広告として発信し続けてきた伝説的なブランドクマ。しかし2000年代に入ってその過激さは影を潜め、ブランド自体も低迷していたクマ。創業者の息子であるアレッサンドロ・ベネトンが副会長に就任し、彼が掲げたのは「グローバル・ラブ」というブリーフクマ。憎しみの文化と対峙するためのキャンペーンを、と。世界は今、愛ではなく「憎まないこと」から始めるべきだ、という現実的な目標が、UNHATEの出発点だったクマ。
▎ねらい・インサイト
「愛について語るのは難しい。甘ったるくなる危険がある。必要だったのは緊張感だ。敵を愛するよりも現実的なのは、憎むのをやめることだ」—72andSunnyのクリエイティブディレクター、カルロ・カヴァローネはそう語っているクマ。彼はFabricaのエリック・ラヴェロと協働し、この「キス」のビジュアルアイデアを形にしたクマ。キスは愛の最も普遍的なシンボルだけど、政治的・宗教的に対立する指導者同士のキスは、シンボルを超えて「挑発」になるクマ。それも、偽りの道徳だと批判する声もあれば、「敵を愛せ」というルカの教えの体現だと評価する声もあるクマ。この両義性こそが、UNHATEの強度だったと思うクマ。
▎アイデア
デジタル加工された6組の指導者たちのキス画像。オバマ×胡錦濤、ネタニヤフ×アッバス、メルケル×サルコジ、オバマ×チャベス、金正日×李明博、そして教皇ベネディクト16世×アフメド・エル・タイエブ。これらを巨大なポスターに仕立て、「ゲリラアクション」として世界5都市の象徴的な場所に若者たちが掲示したクマ。ミラノのドゥオモ広場、テルアビブの高速道路沿い、ローマのサンピエトロに面した橋。加えて、ウェブサイトでは「UNHATE KISS WALL」というアプリが公開され、ユーザーがアップロードした写真をランダムに選んでキスさせる仕掛けも展開されたクマ。ビジュアルだけでなく、参加型のデジタル戦略も組み込まれていたクマ。そして同時に、UNHATE Foundationという財団も設立され、これは「化粧品的なエクササイズではなく、国際社会に実際の影響を与えるもの」と位置づけられたクマ。
▎展開・成果
キャンペーンは170カ国で展開され、5億人にリーチしたクマ。3,000本の記事、60カ国で600本のテレビレポートが報じられ、Twitterのトレンドトップ5入り、Facebookのファンは60%増加したクマ。そして2012年6月、カンヌライオンズでPress Grand Prixを受賞クマ。審査員長のタム・カイ・メンは「文化、国籍、信仰を超えて切り込んでいる」と評価したクマ。One ShowでもGold Pencilを2つ、Clio AwardsでもGoldを獲得したクマ。ただし、ビジネス的には複雑だったクマ。キャンペーン前の10年間でベネトンの世界売上はわずか2%増、米国では8%減少、キャンペーン直前の数ヶ月では純利益が33%減少していたクマ。キャンペーン後も、ブランドの低迷は続いたクマ。つまり、クリエイティブとしては圧倒的な成功、でもビジネスとしては救えなかった、という皮肉な結末クマ。
▎余韻
広告は何のために存在するのか、という問いが、この作品には刺さっているクマ。売るため? それとも世界を変えるため? ベネトンはずっと後者を選んできたブランドで、その誠実さと狂気がクマは好きクマ。でもこのキャンペーンには、ある種の「計算された炎上」の匂いも感じるクマ。教皇の画像を数時間で撤去することまで織り込み済みだったんじゃないか、とか。それでも、クマはこの作品を支持するクマ。なぜなら、広告という資本の道具を使って、憎しみについて考えさせる強度を持っていたから。そして何より、あの画像を見た瞬間の「うわっ」という感覚は、10年以上経った今も色褪せていないクマ。広告が記憶になる瞬間を、クマは目撃したクマ。
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