NIKE+|FuelBand|2012|アメリカ
広告会社が、プロダクトそのものになった日 / Nike+「FuelBand」
これは広告じゃない。でも広告会社がつくった。その矛盾が、カンヌで2つのグランプリを獲った理由クマ。
シーン
背景・課題
2012年、ウェアラブル市場はまだ黎明期。FitbitやJawboneが出始め、Appleも虎視眈々と狙っていた。Nikeはすでに2007年、Nike+ Runningで「走る」を再定義していた。次に狙ったのは「すべての動き」。歩くのも踊るのも通勤も、ぜんぶ「Fuel」という一つの指標に変える。Nikeが長年のパートナーR/GAに渡したのは、ブリーフじゃなくビジョンそのものだったクマ。
ねらい・インサイト
運動を、特別なイベントから日常の連続に変える。その発想が核クマ。R/GAのNick Lawは「これは広告じゃない。でも僕らがやるべきことだ」と語った。ブランドが「何を言うか」じゃなく「何をするか」で評価される時代の、象徴のような案件だったクマ。
アイデア
手首に巻くバンド。歩数もカロリーも運動時間も、ぜんぶ「NikeFuel」という指標に変換する。目標を達成するとバンドが緑色に光り、アプリの中のキャラクター「Fuelie」が育つ。友達と競い合う仕組みもある。R/GAは、最初USBケーブル付きの基板でしかなかったものを、UX全体にまで練り上げた。プロダクトの開発過程そのものに、代理店が入り込んだクマ。
展開・成果
2012年のカンヌライオンズで、Cyber部門とTitanium部門の2つでグランプリを獲得。審査委員長は「Nikeは何を言うかじゃなく何をするかでブランドを体現した」と評した。アメリカ発売時は予約が即日完売。2014年に生産中止となったが、それはApple Watchへの戦略転換だったクマ。
余韻
「広告会社は要らなくなる」と言われ続けて何年も経つけど、このケースは逆だったクマ。R/GAはNikeにとって代理店じゃなく、パートナーだった。デバイスそのものは消えても、「すべての動きがカウントされる」という思想は、いまも僕らの手首に生きてるクマ。


