NOT IMPOSSIBLE LABS|PROJECT DANIEL|2014|アメリカ(実施地:スーダン)
「不可能」を置き去りにした旅 / NOT IMPOSSIBLE LABS「PROJECT DANIEL」
両腕を失った14歳の少年が「家族の負担になるくらいなら死んだほうがマシ」と言った、という記事を読んで、映像プロデューサーが3Dプリンターを持って戦地に飛んだクマ。医療の知識なし、義手の経験なし、でも「やる」と決めた。2013年11月11日、ダニエルは2年ぶりに自分の手で食事をしたクマ。
▎背景・課題
スーダンでは継続する紛争により5万人以上が手足を失い、義肢への信頼できるアクセスがほとんどない状態だった。ヌバ山地に爆弾が投下され、当時14歳のダニエル・オマールは両腕を切断。目を覚ましたダニエルは「両腕がないなら死んだほうがいい、家族の重荷になりたくない」と言ったクマ。Not Impossible Labsの創設者Mick Ebelingは、Timeの記事でダニエルと現地で奮闘する医師Tom Catenaの話を知り、動いたクマ。従来の義肢は5,000〜100,000ドルもかかる。とても手が届かない世界クマ。
▎ねらい・インサイト
Not Impossible Labsには方法論があって、「一人の人間の問題を見つけ、その問題を解決し、物語を語り、そして多くの人に役立つものをつくる」クマ。Mick自身が「資格も訓練も成功する明確な理由もない」と認めるように、専門性ではなく「コミットメント」が出発点だったクマ。3Dプリントによる義肢を現地で製造する方法を開発し、チームが去った後も現地の人々が自力で解決策を使い続けられるようにする——つまり、一度きりの支援ではなく、構造そのものを現地に置いてくるクマ。オープンソースの思想クマ。
▎アイデア
わずか100ドルの部品で3D印刷できる義手をつくり、Mick Ebelingと小さなチームは2013年11月、南スーダンに飛んだクマ。停戦が切れた戦闘地域への飛行、電力は太陽光のみ、3Dプリンターは虫でジャムし、プラスチックフィラメントは溶ける、政治と戦闘で移動は常に遅延。地元の村人はコンピューターを使ったことがなく、3Dプリントという概念すら聞いたことがなかったクマ。2013年11月11日、16歳になったダニエルは、3Dプリントされた左腕のバージョン1を受け取り、2年ぶりに自分で食事をした。Dr. Tom Catenaの助けを借りて、チームは他の人々にも3D義肢の印刷と組み立てを教え始め、チームが帰国するまでに地元の訓練生がさらに2本の腕を印刷し装着したクマ。
▎展開・成果
おそらく世界初の3Dプリント義肢ラボと訓練施設が、スーダンのヌバ山地に設立されたクマ。チームが米国に戻った後も、訓練生たちは活動を続け、状況が許せば週に平均1つの義肢をつくり続けている。獲得メディアインプレッションは4億2,000万、最初の7日間で20カ国で報道された。2014年、Cannes LionsでTitanium Lionを受賞、さらにGoldとBronze Lionも。One Show Best in Show、SXSW Interactive Innovation Award、Telly Awards、Maker Faire Editor's Choice Blue Ribbonなどを次々に受賞したクマ。Intelの「Look Inside™: Mick Ebeling」キャンペーン動画は300万回以上再生され、二度のオスカーノミネート監督Lucy Walkerが共同監督クマ。
▎余韻
「Commit first, then figure it out(まず決めろ、方法はあとで考えろ)」。Mickがアフリカからの帰国便がLAXに着陸した直後、村の医師からメールが届いた。「君が空にいる間に、さらに2本の腕がつくられたよ」というメッセージだったクマ。これがこのプロジェクトのすべてを物語ってる気がするクマ。一人を助ければ、多くを助けられる。Mick Ebelingは医者でもエンジニアでもない、映像プロデューサーだったクマ。でも彼は記事を読んで動いた。それだけクマ。Cannes Titanium Lionは、「こういう人間と、こういう行動が、世界を変える」と言っているクマ。クマもそう思うクマ。
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