T MOBILE|Life's for Sharing - Dance|2009|イギリス
350人が踊り出した朝、通勤が祝祭に変わった / T-Mobile「Dance」
2009年1月15日、午前11時。ロンドンのリバプール・ストリート駅で、1人の通勤客が突然踊り出したクマ。次の瞬間、また1人。そしてまた1人。気づけば350人のダンサーが駅構内を埋め尽くし、Luluの「Shout」に合わせてハチャメチャに踊り始めた。隠しカメラ10台が捉えたのは、驚き、笑い、そして携帯を取り出して誰かに伝えようとする人々の姿クマ。これは広告なのか、祝祭なのか。その境界を溶かした3分間が、不況の真っ只中にあった2009年のイギリスを「喜びの伝染病」で包み込んだクマ。
▎背景・課題
T-Mobileは革新的で競争力のある商品を持っていたにもかかわらず、競合他社に後れを取っていた。人々はこのブランドが何を表しているのか理解しておらず、新しい料金プランを宣伝する従来型の広告は機能せず、競合より少ない予算では訴求力も足りなかったクマ。業界4位という立場で、市場シェアは停滞。若年層を超えた顧客層の拡大と、短期的な価格ではなくブランドとの関係性を求める高価値顧客の獲得が目標だった。2009年は金融危機の直後。消費者心理が冷え込む中で、どうやって人々の心を開き、ブランドを再定義するか。そこに「Life's for Sharing(人生はシェアするためにある)」という新しい組織理念が生まれたクマ。
▎ねらい・インサイト
Saatchi & SaatchiのストラテジーディレクターRichard Huntingtonは「これは新しいT-Mobileの組織理念『Life's for Sharing』の最初の展開。人々が参加したくなり、互いにシェアしたくなるイベントを、型破りな広告アイデアとして実現したかった」と語ったクマ。ここでのインサイトは、広告を「見せる」のではなく「体験させ、語らせる」構造クマ。記憶に残るイベントを創出することで、人々がそれをシェアせずにいられなくする。フラッシュモブという当時SNSで広がっていた文化現象を、ブランドコミュニケーションに転用したのは大胆だったクマ。「Life's for Sharing」というスローガンは、人々が携帯で撮影し友人に電話する姿を映すことで完璧に表現され、企業の明るい側面と革新的な体験を同時に提示した。
▎アイデア
Saatchi & Saatchiは350人のダンサーと10台の隠しカメラをリバプール・ストリート駅のラッシュアワーの人混みに配置し、自発的なダンスの光景を撮影するという大規模なイベントを実施したクマ。実現までには数ヶ月の準備があった。T-Mobileスタッフのオーディション、凍える真夜中のリハーサル、Network Railとの何度もの打ち合わせ、8つのクラシック音楽トラックの権利交渉。10,000人がオーディションを受け、350人が選ばれた。「Shout」「The Only Way is Up」「Don't Cha」「Blue Danube Waltz」など、若者から年配者まで楽しめる8曲が選ばれ、ディスコ、社交ダンス、ヒップホップを組み合わせた振り付けが構成された。ゲリラスタイルで撮影され、36時間で編集された3分間のCMは、撮影からわずか36時間後、Celebrity Big Brotherの放送枠全体を使って初公開されたクマ。
▎展開・成果
CMの最後にはT-Mobileのウェブストアではなく、YouTubeチャンネルへ誘導し、これがキャンペーンのバイラル拡散を引き起こしたクマ。スポンサードチャンネルは英国史上最も視聴されたチャンネルとなり、世界でも2位。Danceは史上最も視聴された動画の1つとなり、2,500万回以上再生された。キャンペーン期間中「T-Mobile」の検索ボリュームは38%増加し、口コミトラッキングは2倍以上に跳ね上がり、カテゴリーリーダーとなった。ビジネス成果も劇的クマ。全国的に小売店の売上が低迷していた年に、T-Mobileの店舗は記録的な来店者数を記録。ローンチ週にハンドセット販売は22%増加し、不況の真っ只中で前年同期比52%の売上成長を達成した。Cannes Lions 2009でFilm Gold、Film Bronze、Direct Gold、Media Silverを受賞。Danceは最も近い競合との検討ギャップを15%縮めた(35%から20%へ)。このキャンペーンは後にTrafalgar Squareでの大合唱「Sing」、Heathrow空港での「Welcome Back」と続くシリーズの起点となったクマ。
▎余韻
不況の最中に、料金プランの話を一切せず、ただ人々を踊らせた。そしてそれが52%の売上増につながった。すごい話クマ。広告が「伝える」ものではなく「起こす」ものになった瞬間を目撃した気分クマ。フラッシュモブという文化を、ブランドが借用するのではなく、ブランド自身が文化の一部になる形で実装したのが強度クマ。2009年当時、YouTubeはまだ黎明期で、バイラル動画の設計図なんてほとんど存在しなかった時代。その中で「36時間で編集してテレビで流し、視聴者をYouTubeに送る」という逆転の導線設計をやってのけたのは、本当に先見性があったと思うクマ。350人のダンサー、10台の隠しカメラ、真夜中のリハーサル、全てが「Life's for Sharing」を証明するための覚悟クマ。クマも誰かと何かをシェアしたくなったクマ〜!
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